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第四話 戦場に出る前に

Author: 月歌
last update Last Updated: 2025-02-08 15:34:04

◆◆◆◆◆

「……はぁ……このままだと、マジで死ぬ……」

遥は、王城の片隅でぐったりと壁に寄りかかっていた。

全身が痛い。

契約を交わして以来、コナリーは 魔王討伐に向けた訓練 を続けていた。

王国最強の騎士として、彼の訓練は他の騎士たちとは比べ物にならないほど厳しいものだった。

剣の素振り、模擬戦、持久走、魔法対策訓練――

朝から晩まで続く過酷な訓練の痛みが、すべて 遥にも共有される。

「いやいや、こんなの耐えられるわけねぇだろ……!」

訓練の間ずっと耐えるしかない遥とは違い、コナリーは 「痛み? そんなもの関係ない」 と言わんばかりの態度で、黙々と訓練を続けている。

――遥が耐えられないのは、これが魔王討伐の本番ではない という点だった。

「まだ訓練でこのレベルって、本番になったらどうなんだよ……」

戦場では、コナリーは確実にもっと傷を負う。

そして、その痛みはすべて遥に伝わる。

しかも、遥は 戦場には同行しない。

聖女は基本的に王城にとどまり、契約相手の痛みを共有しながら癒やす役目を持っている。

だが、戦闘中は 痛みでまともに動けなくなるため、部屋にこもるしかない。

つまり――戦場に出る前に、すべての準備を整えておく必要がある。

「神官!! 何とかしてくれ!! 俺が死ぬ!!!」

遥は 半ば悲鳴のような声で、神官を呼び止めた。

「山下様、落ち着いてください」

「落ち着けるかよ! 俺、戦場にすら行かないのに、痛みだけはフルで受けるんだぞ!? こんなの無理に決まってんだろ!!」

神官は困ったように眉をひそめた。

「……以前も申し上げましたが、聖女と契約騎士が心を通わせれば、痛みは和らぐ かもしれません」

「マジで!?」

「契約は魂の繋がり。互いを理解し、信頼し合えば、精神的な負担が軽減される可能性があります」

遥は ゲームの好感度調整を思い出した。

このゲームでは、契約者との「好感度」がエンディングに影響を与える要素になっている。

ならば、コナリーとの好感度を上げれば痛みも軽減されるはずだ。

遥はコナリーの元に駆け寄ると彼に声を掛けた。

「……よし、コナリー。デートするぞ」

「……?」

コナリーは、わずかに眉をひそめた。

「デート……ですか?」

「ああ。お前と仲良くならないと、戦闘中の痛みで死ぬからな。ついでに、魔王討伐前に必要なアイテムを集める」

「……なるほど」

コナリーは考え込んだ後、静かに頷いた。

「合理的な提案です。確かに、準備を整えるのは重要ですね」

こうして、遥とコナリーは王都へ向かうことになった。

市場には果物や薬草を売る商人たちの声が飛び交い、武具屋の前では騎士たちが試し斬りをしている。

遥とコナリーは並んで歩いていたが、会話らしい会話はなかった。

「…………」

「…………」

遥はちらりとコナリーを見た。

彼はいつも通り無表情で、辺りの様子を淡々と観察している。

「……お前、こういうところに来たことあるのか?」

「買い物は必要最低限しかしません」

「だろうな」

好感度を上げるには、まず共通の話題を見つけることが重要だ。

そして、コナリーは戦場のこと以外に関心がないタイプ。

ならば――武具の話をしよう。

「……さて、まずは武器の確認だな」

遥は武具屋に入り、商品を見回した。

「これ、お前の装備にどうだ?」

遥は、「斬撃耐性を高める特殊な篭手(こて)」 をコナリーに差し出した。

「……なかなか良い装備ですね。強度も申し分ありません」

「だろ? お前、戦場では無茶するタイプだからな。少しでも負担を減らしたほうがいい」

「……」

コナリーは遥をじっと見つめた。

「……私の戦い方を、よく知っているのですね」

「まあな」

遥はゲーム知識で知っているとは言えず、適当に誤魔化した。

コナリーは少し考える素振りを見せた後、静かに篭手を購入した。

「それと、これも買っておこう」

遥は、回復アイテムをいくつか手に取った。

ゲーム内では、「戦闘中に使うことで状態異常を回復できる薬」 がいくつか存在していた。

「戦場で必要になるものですね。良い判断です」

「当然だろ。お前は戦うことに集中すればいい。俺は俺で、聖女としてお前のサポートを考える」

「……」

コナリーは少し驚いたような顔をした。

「聖女としてサポートする」

そう言い切った遥を、少しだけ意外そうに見ている。

「……ふむ」

コナリーは何かを考えていたが、すぐにいつもの表情に戻った。

「では、魔王討伐までの準備を万全にしましょう」

---

王都を歩きながら、遥はコナリーとの会話の感触を確かめていた。

最初はぎこちなかったが、武具やアイテムを選ぶ間に、少しずつ会話が増えていった。

完全に打ち解けたわけではないが、遥がコナリーの戦い方を理解し、彼のことを考えて行動していることは、確実に伝わったはずだ。

――気のせいか、契約による痛みが少しだけ軽減されているような気がした。

「……やっぱり、好感度を上げるのは正解か」

遥は、小さく息を吐いた。

◆◆◆◆◆

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